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*** 前編はこちら ***

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日本と同じくアメリカでも高校からアルバイトを始める生徒は多いですが

障害のある生徒にとってその壁はとても大きいです。

高校の時点では学歴もプロフェッショナルな仕事の経験もありませんし

その中で履歴書やカバーレターを魅力的に書き上げるのは至難の技です。

 

アメリカでは障害の公開は応募者が選択でき、雇用主から直接聞かれることはありません。

しかし、どういう場合に障害を公開したほうが良い、または公開しないほうが良いという判断は

就職活動の経験がない高校生にとっては難しいところです。

両親が心配するあまり雇用主に直接連絡して子供の障害を事前に伝えてしまい、

結果、面接の連絡は来なかったということもよくあるそうです。

 

Sarah氏は、

履歴書やカバーレターは自分が持っている仕事のスキルを書くものです。

障害があることは仕事のスキルではないでしょう?

障害者であることは、人生の一部であり、自分自身の一部。仕事のスキルではありません。

だから、私は履歴書やカバーレターに障害について書くことはほぼないです。

障害者に関わる仕事に応募するときは、障害者であることがプラスにも働きます。

そういう場合は”障害者と働いた経験があります”などソフトに書くことはありますが、

あくまでもプロフェッショナルな経験として私は書きます。

 

MoonRider7_FindJOb

 

この言葉を聞いたとき、私はハッとしました。

 

一回目の転職の際、私は障害者雇用専門ではなく一般の転職サイトを利用していました。

そのサイトには学歴・職歴・スキルなど決められたものしか記入ができなかったので、特に障害については書かずにいました。

すると、すぐにいくつかの企業から「面接したい」という返事が。

当時はまだ新卒入社して2年しか経っていなかった時期です。

企業は私の職歴ではなく、アメリカの大学卒業という学歴や英語のスキルを見ているのだろうと感じました。

 

日本ではアメリカのように「特定の人にだけ障害について聞いてはいけない」という法律はありません。

車イスを使っていれば何かしらの障害があることは明らかなので面接でも直接質問されます。

私は障害について答えるのは抵抗ないのですが、その前に車イスでアクセスできるオフィスなのか事前に確認したかったので、企業からのメールにこのように返信しました。

私は車イスを使っています。歩くことはできませんが、オフィスの中がフラットで洋式のお手洗いがあれば勤務できます。

 

すると、多くの企業から返ってきたのは、

申し訳ございません。現在障害者採用はしておりません。

という面接拒否のメール。残りの企業は返信もくれませんでした。

 

もともと私に興味があったはずなのに「障害者」と聞いた途端、みんな興味がなくなるんだ。

 

そう気付いた私は、このような企業のリアクションを見るのが嫌になり、その後は履歴書を送る時点から障害を公開することにしたのです。

二回目の転職も同じく最初から障害を公開して探していた私。

履歴書に障害を書くのは自然な流れになっていました。

 

Sarah氏の考えは本当に核心を突いていて、

私が忘れていた履歴書のあるべきカタチを思い出させてくれました。

 

Moon Rider HR Agency 5

また、日本では当たり前になっている障害者手帳についても話しました。

障害の名前・レベル・名前・生年月日・住所など個人情報が書かれており、

常に持ち歩いている障害者は多いと思いますが、これをアメリカ人に話すといつもびっくりされます。

「何でわざわざ障害を証明するものを持ち歩いているの?」と。

人に”ラベルを貼る”ことを嫌うアメリカ人(*1)だからこそ、

「障害者」という証明を自ら持ち歩く日本人が信じられないようです。

今回のボストン自立生活センターの訪問でも、私の障害者手帳を見せたところ

「申し訳ないけど、アメリカに障害者手帳がなくて良かったと思ってしまうわ。」と言われました。

 

就職活動で障害者であることを公開すること、日常生活で障害者手帳を持ち歩くことが当たり前になっている日本社会。

私はアメリカが良くて、日本が悪いとは言いません。実際にそれでベネフィットを得ている人も多いでしょう。

でも、そういう社会のシステムがあることで、意識的または無意識な差別がいつまでも残っているという状況もあると思います。

 

読者の皆さんは、これについてどう思いますか?

ぜひご意見を聞かせてください。

 

*1 ”Label Jars, Not People(瓶にラベルは付けても、人にラベルは付けるな)”というスローガンがアメリカにはあります。中身に何が入っているかわかる瓶にラベルをつけるのは良いが、人に対してその人がどんな人かも知らないのに勝手にラベルを付けてはいけないということ。たとえば、障害者の”障害”はその人を構成する一部だけであり、その人の全てが障害ではありません。だから障害者であるラベル(障害者手帳)をわざわざ持ち歩くというのがアメリカでは不自然に感じられるのでしょう。

2 thoughts on “自分の障害を履歴書に書きますか?~ボストン自立生活センター 後編~

  • 5月 21, 2016 at 8:40 am
    Permalink

    はじめまして。ブログを読ませて頂きました。
    私は膠原病をもっております。私もスキルアップのために転職活動をしておりました。面接の際には病気のことを話す機会もありました。生活していく上で通院は必須であるためです。数回、面接等で採用のような話になっても病気のことを話すと結果は不採用、今までの経験は無視されているようでした。不採用の理由はやはり病気持ちだからとのことでした。
    できることよりもできないことやリスクを重視しているように感じます。
    できるかできないか。障害、病気を持っているかいないか。
    こう工夫したらできるのではないか等は考えていない事業者が多いと思います。

    面接で病気や障害に関して伝えることは、支えや配慮が必要となる可能性があるため大切なことであると思いますが、差別は残っているように感じます。

    障害者差別解消法が施行され、改善していったら良いのですが…あまりメディアでも取り上げられておらず、知らない人も多いような気がします。

    拙い文章で申し訳ありません。

    Reply
    • 5月 22, 2016 at 3:14 pm
      Permalink

      コメントどうもありがとうございます。

      わたしも日本の大多数の企業は、求職者の持っているスキルや経験より、”普通に”働けることをまず重要視していると感じます。「スキルや経験が足りないから」という理由ではなく、「病気があるから」「障害があるから」という理由で不採用にするのは明らかな差別。でも、普通に働けない=エクストラな配慮が必要な人は最初から排除する、または特例子会社のような一般的な労働環境とは異なる場所を作り、そこに障害者や病気の人を集めるということになっているのだと思います。

      障害者差別解消法の合理的配慮も一般企業では努力目標に止まるので、法律が施行される前からダイバーシティやインクルージョンにすごく力を入れている会社でない限り、率先して対応していこうとはならないのかな?と個人的には考えます。3月〜4月にかけて全国各地で障害者団体がパレードをしたと聞いていますが、やはりもっともっと多くの企業や一般の人に知ってもらうことが必要ですね。

      アメリカでの取材で日本の障害者雇用の現状を話すと「障害者が実際に働けることを証明しない限り社会の目は変わらない」とよく言われます。言うだけじゃなくて行動でも示す必要があるんですね。理解が足りない雇用主はまだまだ多い社会ですが、当事者があきらめず行動して、発言していくことで社会は徐々に変わっていくと信じています。あすさんと一緒に働いた同僚の方もきっと障害者や病気の方への印象が変わったと思いますよ。お互いにアクションを起こし続けましょう!

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