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ボストンで最後に訪問したのは障害者アドボケートのJohn Kelly氏です。
今から32年前、25歳のときに事故で四肢まひとなり現在は車イスで生活されています。
健常者として生活した期間が長かったため、障害と向き合っていくには大きな苦悩があったそう。
障害を負ったあと、ボストンにある障害者自立生活センター(*1)で数年仕事をしたJohn氏は、大学院へ進み社会学を学びました。
卒業後は障害者アドボケートとして活動を開始。
2000年以降、ボストンの街のバリアフリー化にも力を注いできました。
古い歴史のあるボストンは、アメリカの中でもバリアフリーが進んでいない都市として知られています。
以前、ブログにも書きましたが(*2)、ボストンはレンガでできた歩道や階段がある建物も多く、
Moon Rider(車イスユーザー)には少しアクセスしにくいところがあるのです。
またJohn氏は、2010年から2年間「Disability Commisions 」というアメリカ政府と連携した委員会のトップとしても指揮をとってきました。
この委員会では、障害者の権利をきちんと街づくりに反映させるよう働きかける役割を担っているのだそう。
現在は「Not Dead Yet」という障害者の自殺ほう助廃止を訴える団体でディレクターとして活動しながら、
記事を書いたり、メディア活動をしたり、他の州に住むNot Dead Yetの活動家も支援しています。
アクティブな活動経歴を聞いた私は、以前から不思議に思っていたことをJohn氏に聞いてみることにしました。
ー なぜアメリカにはこんなに障害者アドボケートがいるのか?
John氏のこう答えました。
これは私のセオリーですが、アメリカもイギリスも、貧しい人や障害者に対して十分なサポートを提供していない社会です。
私たち障害者は自立した生活を送るための必要なサポートを得ることができなかった。だから声を上げる人が多いのだと思います。
政府が貧困層に対して手厚い支援をしていれば、こんなに多くの障害者団体は存在しないでしょう。
またアメリカは多くの戦争をしてきましたから、それによって負傷した(障害を負った)退役軍人もたくさんいます。
アメリカという国は様々な人の”権利”を守るための運動がこれまでたくさんありました。公民権、女性の権利、LGBTQの権利など。
だから障害者の権利についても活発な動きがあるのは自然なことで、他の人たちもそれに理解を示してくれます。
多くの人が一緒になって活動を起こすことで、大きな変化を生むこともできますしね。
例えば、過去に障害者アドボケートの活動によって知的障害者の施設(*4)を閉鎖することもできました。
アクセシビリティの面でも大きく改善されました。
車イスの人だけが便利になったわけではなく、もっと広い範囲の人に利用しやすくなりましたよ。
ボストンには隙間のあるレンガの歩道も多いのですが、これは車イスの人だけでなく、白杖を持った視覚障害者も嫌がっています。隙間に杖が挟まってしまいますから。
障害の種類は違っても同じ部分で改善してほしいと願っている障害者はいます。
そういう人たちと一緒に行動を起こせば、より効果的に社会を変えていけるのです。
実はボストン市内を走る電車 ” T(ティー)”が、障害者にも利用しやすくなったのはたった10年前。
ボストン障害者自立生活センターが訴訟を起こしたことで、アクセシビリティを考えた改装や運営が始まりました。
訴訟が起こる前は、駅のエレベーターが動いていないことも多く、家を出る前にインターネットでエレベーターの動作確認をしてから出発していた、とJohn氏は言います。
確かにTは駅も車両も古く見えますが、ホームと車両がフラットになっているところも多く、Moon Riderも渡り板なしでそのままそのまま乗り込むことができます。
グリーンラインは新しい車両と古い車両が繋がって走っており、新しい車両は車イスマークのボタンを押すと運転手が車両に内蔵された自動スロープを動かしてくれます。
公共交通機関のバリアフリー化も団体で行動を起こすことで変えていけるんだなと実感しました。
John氏は言います。
障害者の権利について、アメリカは日本より先に進んでいる部分はあると思います。
30年前、私が車イスでニューヨークの街をウロウロしていたとき、タクシードライバーが車を止め、窓から私をジッと見ていたことを今でも覚えています。
当時車イスで出歩いている人は高齢者だけで、それも誰かに車イスを押してもらっている人ばかりでした。
ADA(障害を持つアメリカ人法)が施行される前のことです。
しかし、今でも障害者をサポートするプログラムを停止する動きがあったり、障害者のことを”詐欺師”と呼ぶ中傷する人はいます。
なので全ての面でアメリカが他の国より進んでいるとは言えないです。
障害者が抱えている根本的な問題は、体がどう悪いのかではありません。
Mizukiが日本で感じていたような社会からの圧力が問題なのです。
多くの健常者と呼ばれる人は、障害者の”障害”だけに注目し、私たちをまず人間としてみていません。
私が考える障害者の理想的な社会、それは倫理的なケアが十分にある社会です。
そうすれば一人ひとりが持っている権利や、自分が貢献できることにもっと自信を持つことができしょう。
障害者の目線で日本とアメリカを比べると、アメリカの方がとてもキラキラ輝いてみえる気がします。
でも実際にアメリカで生活している障害者に状況を聞くと、この社会の暗い一面も見えてきます。
日本にもアメリカと同じように、健常者と障害者の間にこのような意識の違いは存在するのではないでしょうか?
障害のない人から見れば「日本はすごくバリアフリーが進んだな」と感じているかもしれません。
しかし、障害者も同じように感じているでしょうか?
今の環境で十分と思っているでしょうか?
東京でさえもまだまだアクセスできないところはたくさんありますし、アクセスするために人の手がないと利用できないものも多いです。
John氏にお会いして、同じ目的を持った障害者が協力して声を上げることの重要性を学びました。
そうすることで様々な観点を解決策に盛り込むことができ、より多くの人にとって意味のある方向に導くことができるからです。
私たちは健常者だけを基準として社会を作るのではなく、障害者の声にもしっかりと耳を傾けられる社会を作っていく必要があります。
どんな人も予期せぬ事故や病気で障害を負う可能性があります。
例え事故もなく、病気にかからなくても、すべての人が老いていき、その過程で視覚・聴覚・運動機能が低下していきます。
日本は超高齢社会。建物・情報・コミュニケーションのアクセシビリティの改善は必要不可欠です。
これは今を生きる障害者のためだけの変化ではありません。未来を生きていく私たちのための変化でもあるのです。
*1 ボストン障害者自立生活センターの取材記事は以下から読むことができます。
*2 ボストン旅行レポート
*3 アメリカでは過去に劣悪な環境下にあった知的障害者の施設がメディアで取り上げれ大きなニュースになりました。Disability Rights Washington訪問レポートに記載しています。
障害者の権利を守る!アメリカを大きく変えた歴史的背景と現在の取り組みとは? ~Disability Rights Washington~